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札幌高等裁判所 昭和47年(う)259号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲戒六月に処する。

当審における訴訟費用は全被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、札幌高等検察庁検察官石黒久提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対しつぎのように判断する。

控訴趣意第一について。

論旨は、原判決は刑法二五条二項の解釈を誤つて、同項本文を適用しえない被告人に対しこれを適用し、その刑に保護観察付きの執行猶予を付しており、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるとし、その理由として、被告人は、(1)昭和四四年四月二四日釧路地方裁判所で、傷害および兇器準備集合の罪によつて懲役一〇月、保護観察付き執行猶予三年間に処せられこ、の判決が同年五月九日確定し、(2)同年一一月七日同裁判所で、(1)の罪と刑法四五条後段の併合罪の関係にたつ業務上過失致死傷罪によつて禁錮一〇月・執行猶予三年間に処せられ、この判決が同月二二日(控訴趣意書中に一二月とあるのは、一一月の明らかな誤記である。)確定したものであるところ、(1)および(2)の各執行猶予期間中である昭和四七年三月三〇日さらに本件大麻取締法違反の犯行に及び、原審は、(2)の執行猶予期間内((1)の執行猶予期間は満了)の同年九月二五日、右犯行について被告人を懲役八月・保護観察付き執行猶予三年間に処する旨の原判決を宣告するにいたつたが、しかし、刑法二五条二項ただし書は、再度の執行猶予の欠格事由として、「第二十五条ノ二第一項ノ規定ニ依リ保護観察ニ付セラレ其期間内更ニ罪ヲ犯シタル者」と規定し、同項本文の刑の「執行ヲ猶予セラレタル者」のうち「保護観察ニ付セラレ其期間内更ニ罪ヲ犯シタル者」が再度の執行猶予の適格を欠くことになるとするものの、右の「執行ヲ猶予セラレタル者」とは現に執行猶予の期間内にあつて、かつその期間内に罪を犯した者と解すべきことは、確立した解釈であるにもかかわらず、右ただし書が単に「保護観察ニ付セラレタル者」とせずに、特に「其期間内ニ更ニ罪ヲ犯シタル」という文言を付加していることからすれば、再度の執行猶予の適格を欠くのは、刑の「執行ヲ猶予セラレタル者」のその執行猶予が「保護観察ニ付セラレ」たものであつて、「其期間内」に罪を犯した場合、すなわち、現に保護観察付き執行猶予期間内にある者がその期間内に罪を犯した場合にのみ限定的には解されず、現に執行猶予期間内にある者が別件の保護観察付き執行猶予期間内に罪を犯した場合をも包含するものと解され、この解釈は、刑の執行猶予者に対する保護観察制度の趣旨に合致するとも考えられるので、被告人の刑に刑法二五条二項本文による執行猶予を付することは同項ただし書によつて許されないというべきである旨主張する。

被告人の前科内容および本件犯行、原判決宣告の各日時が所論指摘のとおりであることは、一件記録上明らかである。そこで、刑法二五条二項の解釈について考察すると、所論にもかかわらず、同項ただし書の「其期間内更ニ罪ヲ犯シタル」との文言に格別の意味が含まれるとは思われず、むしろ、右ただし書の「第二五条ノ二第一項ノ規定ニ依リ保護観察ニ付セラレ……タル者」とは、同項本文をうけて、そこにいう刑の「執行ヲ猶予セラレタル者」が刑法二五条の二、一項によつて保護観察に付された場合を指す、すなわち、刑法二五条二項による再度の執行猶予の適否は、判決宣告時における執行猶予が保護観察付きでないか否かにかかり、犯行時における執行猶予は仮に保護観察付きであつても、すでに期間を経過した以上、関係がないとみるのが、文理に即した素直な解釈であり、この解釈の正当さはつぎの点からも裏付けられる。すなわち、刑法二七条が、執行猶予の言渡を取消されることなくその期間を経過したときは刑の言渡しはその効力を失う旨規定し、これは必ずしもすべての法律関係において適用のあるものとはいえないけれども、二五条と右二七条とが同じ刑法第四章中にあるという法文の体裁からしても、また、一方が執行猶予の要件、他方が執行猶予の効果という同じ事柄に関する規定であることからしても、刑法二七条の定める効果が刑法二五条に及ばないとは、そもそも解せられない。のみならず、それ故に、刑法二五条一項および同条二項本文にいう「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタル……者」について、刑に執行猶予を付せられてその取消を受けることなく期間を経過した者はこれに含まれないとの解釈が確立しているのであつて、これとの対比において、現に執行猶予期間内にある者が満了ずみの別件の保護観察付き執行猶予期間内に罪を犯した本件のような場合についてのみ、再度の執行猶予の適否を判断するに際し、その保護観察付き執行猶予を付された刑の効果が残存するような解釈をとるのは、まつたく均衡を失するといわざるをえないのである。たしかに、このような解釈は、再度の執行猶予の要件の存否が犯行の発覚時期、訴訟手続の進行状況等の偶然の要素に左右されることとなるため、刑事政策的には不合理の感を免れないが、同様の問題は前記のとおり執行猶与の要件一般にも見出されるのであつて、結局のところ立法措置により解決されるべき事項に属するというほかない。ちなみに、改正刑法草案は、その七三条二項で、「執行猶予の期間内に犯した罪について、猶予の期間内に刑事訴追が開始された場合において、その罪に対する有罪の裁判の確定後二月以内に取消の請求があつたとき」について、一定の事由があれば執行猶予を取消すことができることとしているのである。

以上説示のとおりであるから、原判決が被告人の本刑に対しさらに執行猶予を付したことじたいを目して、刑法二五条二項の解釈適用を誤つた違法があるとすることはできない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二について。

論旨は、被告人の刑に執行猶予を付した原判決の量刑が軽きに過ぎて不当である、というのである。

そこで、一件記録を調査し、当審事実調の結果をも加えて検討すると、原判決の摘示する事実に加えて、被告人は、本件犯行当時やくざ組織に加入していたものであつて、本件犯行もこれと密接な関係があること、本件大麻は、その大部分が押収されるにいたつたけれども、一部にせよ、現実に吸飲され、あるいは他に転々譲渡されて発見にいたらない分もあることなどが肯認でき、かような本件犯行の経緯、態様、結果およびその罪質とともに、被告人は、先に述べたとおり、本件犯行当時二重の執行猶予期間中にあつたばかりか、さらに昭和四六年七月暴力行為等処罰ニ関スル法律違反で罰金刑に処せられ、とりわけ慎重な行動が求められていた身であることを考えれば、被告人の刑責を軽視することは許されず、義父の努力等の結果、現在では被告人はやくざ組織と縁を切つていること、被告人の経歴、年令、家庭の状況等、被告人のため有利に酌むべき事情もないわけではないが、これらを十分考慮にいれてみても、被告人に対し刑の執行を猶予するに足るだけの情状があるとはとうてい認めがたい。論旨は、正当というべきである。

よつて、本件控訴は結局理由があるので、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条ただし書にしたがい、さらにつぎのとおり自判する。

原判決が認定した事実に法令を適用すると、被告人の原判示所為は大麻取締法三条一項、二四条の二、一号に該当するので、その所定刑期範囲内で被告人を懲役六月に処し、当審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとする。

以上の理由によつて、主文のとおり判決する。

(岡村治信 神田鉱三 横田安弘)

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